ムラーノ島はイタリア北東部ヴェネツィアから1.5km離れた、水上バスで15分の場所にある小さな島。1291年にヴェネツィア共和国政府はガラス職人にムラーノ島への移住を命じた。火を使う工場を本島から切り放して火事の危険を避けるためであり、さらに製造の機密を守るためであった。ガラスがヴェネツィアの主要な輸出品となったのは14世紀なかばからであり、製品の主流はヴェネツィアの職人が発明した吹きガラスの平面鏡だった。
当時、ガラス製造は一大産業であり、職人は優遇されたが、製造の秘密を外国にもらさないよう厳しく規制された。
 
 しかし16~17世紀にかけてボヘミアでガラスにカットを入れたボヘミアンが誕生し、
ムラーノグラスを圧迫したがムラーノのガラス産業はシャンデリアを手がけることにより息をふきかえした。
 
 ガラスはヴェネツィアの貴重な輸出品であったため、ガラス職人は平民として破格の名誉を与えられた。しかしガラス職人がラグーンを越えて工房をもとうとすれば、暗殺かあるいは秘密警察に職人の命である腕を切り落とされるという危険があったという。
ヴェネツィアングラスはムラーノ島で古くから作られているのです。

ガラスのマリア像

セグーソーの工房

現在もその伝統は引き継がれ、島のいたる所にガラス工房やお店があり、
シャンデリアを作る工房、アクセサリーを作る工房また、ガラスの材料
をつくる工場など、完璧にガラス工芸の島でる。しかし、現在はガラス
工芸が多くの外国で作られるようになり、また、ムラーノグラスに似た
製品もアジア諸国などでも多く作られ、破格で流通されるようになり、
ムラーノの工房がつぎつぎと閉鎖されてきております。

ベニーニショールーム、奥に工房があるが立ち入り禁止。

ベニーニショールーム

アクセサリー工房

ムラーノには、大小合わせて約200あまりの工房があるといわれています。
ムラノの中心にあるダヴィデ・サルバドーレ氏
(以前特集で紹介http://crafthouse.org/pg/special/nov2005.html)
の工房は運河沿いの道から入った場所にある。路地裏の工房はとてもあじの
ある小さな工房で、そのなかで屈強な男達がダヴィデ氏の作品を制作している。

ムラノに生まれた子供達は将来ガラス職人になるのが通常であったが、その道
を避けムラノから離れる若者も多いそうですが、ダヴィデ氏のアシスタントを
勤めるのは、彼の息子達であり、彼らは進んでこの道に入ったそうです。ダヴィ
デ氏はとてもフランクでいて、人望の厚い人物、そんなマエストロに息子達も引
かれているようです。ダヴィデ氏は、昔のムラノのガラス職人とは違い、世界各
国でこの技術を指導するワークショップを年間5~6回行い、ガラスアーティス
トの育成にも積極的に取り組みをしています。彼の工房の奥には、事務所兼プラ
イベートショールームがあり彼の作品アフリカシリーズがずらりと並んでいまし
た。

ダヴィデ氏の事務所兼ショールーム

コスタンチーニはムラノ島ではなくヴェネツィアに工房があり、
バーナーワークでとても細かな生物を制作しています。蜘蛛や
カブトムシ、蝶などの虫から魚、えび、鳥などを本物そっくり
に作ります。虫の触角や脚などは、とても繊細で簡単に折れて
しまいそうだが、コスタンチーニ氏は「折れたら、僕のところ
に持ってきてくれれば、少し入院するけど手術して直すよ」と
しゃれた事を言っていました。彼の技術はすばらしく、特に虫
はみごとである。今は虫の制作に集中しているので虫以外はと
言っている。

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